イル・モルテッリート

 シチリア南部ノートの伝統的ワインの復活


酷暑のシチリア南部ノートの海沿いで伝統的に飲まれてきた軽くクリスピーなワイン
フランク・コーネリッセン、ラモレスカに葡萄を売っていたが、ワイン造りを開始


❖廃れたワイン造り


カターニアから車で2時間。パッキーノに近いシチリア南東部のノートはアーモンドやドライトマトが主産業で、手つかずの自然が残る過疎地帯です。
『イル・モルテッリートという名前は祖父が2haの畑を所有していたヴぁる・ディ・ノートにある地域名。僕等のルーツと言える地名に由来しています』
周辺はアーモンドの樹とトマト畑ばかり。海までは3kmで潮風にも乾燥にも強い植物しか適応できない厳しい自然環境。葡萄畑はほとんど残っていません
『マグロ漁港として有名だったマルツァメーミ。大型のマグロ加工工場がいまだに残っている。港は70年代までバルクワインをフランスや北イタリアに出荷する為の港としても使われた』
30年前まではエトナより葡萄畑が多かったノート。昔の人は葡萄にとって良い土壌と気候があったから、ここに葡萄を植えたのは明らかなのです。


❖土壌をアッサンブラージュ


畑は海から2kmという位置にあり、標高は100m以下。黒色粘土質、砂質土壌と白石灰岩が層になって重なっている特殊な土壌。他にはない独特な土壌。
『5m掘ると地下には白亜石灰岩層があり、その層の下は海水が通っている。葡萄根は地中の海のミネラルと山のミネラル、どちらも吸い上げるのです』
黒色粘土質は果実感を葡萄に与え、砂質は香を与えます。白亜石灰岩は塩味と植物的なタンニン、骨格を与えてくれる。土壌ごとの個性をアッサンブラージュしてバランスさせる。
『単一の土壌でワインを造る伝統はない。色々な土壌で育った葡萄の個性をアッサンブラージュする事で、ワインは複雑味や深みが出てくる。これがこの地域の伝統』
シチリア南部のノートは1年中暑い地域。地産地消の時代は、勿論、伝統的に軽く、クリスピーで爽やかな赤ワインが好まれてきました。重く甘いワインなんて誰も飲みません。
『2019年は暑く、雨もなかった。普通ならアルコールが上がり、甘くなるが、暑過ぎるノートではタンニンは増えるが、アルコールは上がらないし甘くならない』
当主は海と農業を愛するダリオ・サレンティーノ。スキューバダイビングのインストラクターとワイン造りを両立。ワインも含めて、人生を楽しんでいるのでワイン造りには専念したくないのだそう。
『元々、フランク・コーネリッセンやラモレスカに葡萄を売って生計を立てていたが、2014年から葡萄での販売を、ほぼ止めて自分のワイン造りを開始した』
フランク・コーネリッセンのススカールには、いまだにイル・モルテッリートのモスカートが使われています。また、ラモレスカが所有していたノートの畑はダリオが購入し、引き継いでいます。


❖希少種モスカート・ディ・ノート


代々、農家だったダリオは親戚を説得し、皆の畑をダリオが借りる形で23haまで増やします。その内12haが葡萄畑で残りはアーモンドとオリーヴ畑。
『量を得る為の古い仕立から樹勢を抑えられるアルベレッロ仕立に変更。アルベレッロは収穫まで全てが手作業になる。6000本程度の密植に畑を変更していった』
元々は黒葡萄が栽培されてきた地域ですが、ダリオはカタラットとグリッロを植樹(一部混植)。更に、この地の伝統品酢で希少なモスカート・ディ・ノートも接木で残しています。
『モスカート・ディ・ノートはジビッボとは違う品種で果皮が厚く、粒が小さい。甘さよりも爽やかな香とミネラル感が強いので、甘くてもべたつかず、飲み心地が良い』
ジビッボはモスカート・ディ・アレッサンドリアと同種ですが、モスカート・ディ・ノートは全く違う遺伝子。この品種を栽培しているのは、現在僅か3軒しか残っていません。黒葡萄はネロ・ターヴォラとフラッパート。完熟している事が重要ですが、ノートの乾燥の中では少しの過熟も許されません。最適なタイミングで収穫する為に区画毎に手作業で収穫。
『酷暑でも地下水脈があるので葡萄は灌漑しなくても生きられる。しかし、収穫時期を逃すとアルコリックで重たく単純で平坦な味わいのワインになってしまう』
暑いノートでは完熟状態から3日収穫が遅れるだけでアルコールは15%を超えてしまいます。高いアルコールはワインの繊細さを覆い隠してしまうのです。
『重く甘いワインはノートの伝統にはない。地元で好まれる、冷やし目でも美味しい軽くクリスピーで酸のあるワイン。でも、しっかり葡萄、テロワールの情報が感じられるのが理想』
赤ワインのマセラシオンは僅かに24時間。完熟したネロ・ダーヴォラは果皮が柔らかいので、細胞が壊れやすく、長くマセラシオンすると雑味が出てしまうのです。
『ネロ・ダーヴォラは酸化に弱い非常にデリケートな品種。長いマセラシオンや酸化的醸造は土地の個性や繊細な味わいを覆い隠してしまうので向いていない』
今の流行とは少し違うワインかもしれませんが、土地の味をしっかり感じさせるダリオのワイン。本来、暑いシチリアで日常的に飲まれていたのはこんなワインのはず。